管理職による人材育成⑧ 研修講師の思い込み

本シリーズ「管理職による人材育成」では、企業で働く管理職の方々から人材育成について印象に残っているお話を伺い、毎回読み切り形式でお届けします。

※プライバシー保護のため一部内容を変えております。

 

<第8回>

お話を伺った方:Tさん(メーカーの人事部マネージャー/40代/男性)

 

– 社内の人材育成について印象に残っている出来事を教えてください。

 

少人数制の新任マネージャー研修で、講師を初めて担当したときのことです。

それまで私は、マネージャーに任命されることは社内で認められていることの証明であって、誰にとっても承認欲求が満たされる嬉しい出来事だと捉えていました。

だからこそ、「研修には皆が前向きに取り組んでくれるだろう」「マネージャーの職務遂行に必要な知識やスキルも積極的に習得してくれるはず」と思い込んでいました。

けれども、そうではない受講者を目の当たりにしたとき、少なからずショックを受けました。

彼らには必須研修を受講したという履歴が残っただけで、リーダーとしてのスキルやマインドは何も身につかなかったのではないでしょうか……。

 

– 当時のお気持ちと、どのように対応したか教えてください。

 

本来なら自ら望んで昇進することが望ましいのでしょうが、私が勤めている企業は人材が豊富とはいえず、リーダーシップをとることが苦手な人物がマネージャーに任命されるケースも発生しています。

ただ、当時の私はそのことを理解していませんでした。

やる気がない受講者たちから「この研修、いつ終わるの?」「研修を受けても忘れるから意味がないよ」と言われ、彼らに対する苛立ちと、軌道修正ができない自分の無力さを感じたことを覚えています。

どうすれば良いのか悩んだ私は、2回目の研修から、冒頭で研修の目的や新任マネージャーに期待される役割をじっくり伝えるようにしました。

受講者の反応を見ると、自分に期待されている役割とそのために必要な知識やスキルを提示されたことで、「自分に何が足りないのか」「何を身につけないといけないのか」を意識しながら受講してもらえるようになったと感じます。

 

– 当時を振り返って、現在のお気持ちを教えてください。

 

少人数制の研修であれば、まず各受講者を知るところからスタートすれば良かったのだな、と今になって思います。

初めて研修を担当したときの私は、受講者全員がやる気に満ち溢れた新任マネージャーだと信じていましたから……。

講師と受講者の間で、ベクトルを合わせる作業が必要だったということでしょう。

受講者は元々のモチベーションが低かったとしても、研修の冒頭でやらなければいけないことが明確になれば、気持ちの整理がつきやすくなるようです。

私自身も、各受講者の心持ちを知ることで、過度な期待をして研修中の態度に失望せずに済むようになりました。

現在は、講義が少なめ、演習が多めのアクティブラーニング形式で研修を行い、受講者の意見を聞きながら進めることを大切にしています。

 

– その出来事のあと、受講者の方々の様子はいかがですか。

 

研修プログラムを工夫しても、マネージャーの役割を果たすことに消極的な受講者は一定数存在します。

嫌々マネージャーを務めていて、研修前後で姿勢に変化が見られない後輩も見てきました。

そのような受講者とは、研修後に何となく距離を置いてしまいますね。

本人が望んでいないのに、ぐいぐい踏み込むのも良くないか、と躊躇してしまって……。

研修講師にできることには限界がありますが、どのように対応すれば良い方向に持っていけるのか、講師として私が成長しなければならない部分だと思います。

目標管理や人事評価などの作業自体を教えることは容易ですが、リーダーシップというか、マインドを伝えることは本当に難しいです。

 

– その出来事を経験されたことで、ご自身に変化はありましたか。

 

各々の仕事に対する姿勢や価値観があり、しっかり受講者を見ながら講師を務めなければ、研修の成果が出ないことが分かりました。

今では「研修冒頭に講師と受講者の間でベクトル合わせを行う」「受講者を理解して研修プログラムをアレンジする」「受講者が腹落ちするポイントを作る」、この3点を大切にしています。

これらを行うと、受講者の不足しているスキルやマインドに関する自己認知を促せることが最大の利点です。

研修中や研修後、リーダーシップを発揮して行動するなど受講者に変化が見られると、とても嬉しくなります。

 

– ある程度経験を積んだ受講者のマインドセットを変えることは簡単ではありませんよね。研修内容や接し方など、少しずつでも受講者に変化を起こそうと試行錯誤されている様子が伝わってきました。ありがとうございました。